富山旅行2

朝はやっぱり市場メシ!レストラン中央

昭和な感じがたまらない。中では寅さんの話で盛り上がってた!話に入ろうかと思ったけど、シャイな自分が出てしまい残念。

オススメはすり身揚げかな?われわれは海鮮丼!ついつい丼にしてしまう。ご飯の上に全部のってるのがいいんだな😋

からの!三郎丸蒸溜所。

前日電話したら午前中なら見学枠が空いているとのことで、案内してもらいました。

感じのいいオッチャンが若鶴酒造の歴史や三郎丸蒸溜所のストーリー、ウイスキーの作り方などなどを話しながら見学させてくれて😊試飲もあって🥃もう朝から海鮮丼の次は日本酒🍶ウイスキー🥃こりゃ寝れる😪

せっかくだから高くても買って帰りたかったけど造ってるココにも無いと!

この試飲のも多くの人に味わってほしいってことで売らずにいたらしい。それはそれでラッキー✌️

オークションでしか買えないお酒😭ってことは…💸💸💸💸💸💸💸

飲めただけで幸せね。

井波彫刻で有名な瑞泉寺

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サブロックウッドワーク研修旅行だからね!見とかないと!

人がいなくてゆっくりじっくり見れて幸せな時間。

「獅子の子落とし」スゴイの見れた!

小さなブリュワリーにも寄りたいと思ってて城端麦酒に寄ったけど代表の方が不在でお話が聞けず残念。

さあ次の目的地セイズファーム。ほんとにこの道で合っているのか?車のすれ違いも危ない倒木もある道を進んで進んで上ってった先に!

よくぞここに🏞って場所ね!海まで見える

元気なワンちゃんが出迎えてくれて、ヤギがいて葡萄畑があって🍇

宿泊もできるみたい。

レストランでは

オシャレすぎね😁

山の上にある、不便な場所にある、コレだよね👌

でも土日は人が多いんだろ~なぁ。イヤだな、こんな場所が人でいっぱいなの。

奈良の「くるみの木」は酷かったもんなぁ、おばちゃん達でガヤガヤ☠️どこぞのフードコートか!ってレベル。二度と行かないどころか店員の対応も残念だったから、そのまま帰ったもんね😩

次の目的地との間で寄った高岡の「山町ヴァレー」

街並みも雰囲気あってぶらぶらするのにもよさそう

蔵がいくつかあってテナント入ってて中庭もあってレンタルスペースもあって、イベントもできるんだろーなぁ

ペレットストーブの「シモタニ」下呂の会社なのね。

実用的で洒落たストーブ見せてもらったけど我が家は薪ストーブだからね〜🔥

 

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だんだん暗くなる中、いい古本屋があると聞いて行ってみた!

「ひらすま書房」好きな感じの本だらけ‼️こーゆう本屋やりたいけどね、オイラのバス図書館用に何冊か購入。ずっと居られる場所。オイラの目指すスタイル。

「ひらすま」は富山弁で昼寝😪それもまたバス図書館で過ごす人にしてもらえたらいい😪

こうしてふりかえると朝からアチコチ行ったなー

この日の夜がこの旅のハイライトなんだけどね😁昼間でもうカラダもココロも満腹です。

と、ゆーことで富山旅行その2はここまで。

この日の夜は富山旅行その3にて!

笑顔

誰もがディズニーランドを目指せばいいってもんじゃない。

どこでも同じじゃつまらない。

バカが付くくらい丁寧な対応はいらない。過剰とゆう言葉を教えてあげたい。

駅のホームの階段清掃風景、階段幅の半分くらいロープを張り規制してやっていた。見ればわかる。誰でも。

なのに、ひとりでずっと『大変申し訳ありません、ただいま階段清掃中につき皆様には大変ご迷惑をおかけしております、左側を一列でお通りください…』って大きな声を出している人がいた。なにその仕事?

そこまで言ってもらわないと分からないバカが多いのか?

なんでもかんでも先手打てばクレーム出ないだろうと考えてのことか?

どちらにしろバカだ。過剰である。間違いです。

目の不自由な人にはわからないから誰かが声をかけてあげればいい。

甘やかし、甘やかされ、見ればわかる事でさえバカ丁寧な説明がいる。

よくない方向にどんどん進んでいる。

自分で考える、周りの人を見る、思いやる、生きていくのに必要なこと。

時代がどうこうじゃない。

自然に出る笑顔、自然に出る手、自然に出る言葉。

 

大層な企業理念、カッコつけた会社方針、そこに働く人たちは…?

とあるレジャー施設に行きました、会う人会う人疲れた顔。

オイラもレジャー産業に関わってきてるから、それはそれで反面教師として勉強。でもオイラが上司だったらそんなのないね!

楽しみにきてる人たち相手なんだよ!

仲間と予定を合わせることだって難しい、家族でだってそう、一人、カップル、会社や学校の行事。いろんな人がワクワクして遊びに来るのに、働いている人には笑顔がない。悲しい。

たぶん会社からは言われている、接客とは!とね。

でも伝わらないよね、接客してる実感が無いんでしょう。ただお金のためだけにそこに居るんでしょう。

こんな給料でやる気なんて出るわけないだろ〜と

雇う側も安い給料で来てもらってるからと言えないんでしょう。

田舎の大きなレジャー施設はどこも似てるかな。なんでも仕事があればいい。

ホントにやりたい事ではない。

でも、雇う側は教育をしないといけない!

自然と出る笑顔、言葉、行動。

経営者、経営陣は働き手ひとりひとりに語りかけるべきだ。

ご立派な企業理念。本気なのかも疑ってしまう。

『全ての人を笑顔に』なんてのアチコチで見かけるけれどね、そこで働く人を笑顔にしないとダメだろ。

まあ綺麗ごとを言いつづけるってのもわかるけどさ。

組織内部にいい人がいないんでしょう、できる人は出ていっちゃうからね。

嫌われ役、ムードメーカー、見合う報酬、事なかれ主義、外部顧問、コンサル…

何が必要か、足りてないか、わかっているはず。そしてどこも似たり寄ったり…

よく聞く『船頭多くして船山に上る』ってやつね。

船頭多いのは悪くはないと思う、でも水先案内人や船を漕ぐ人が必要なんだからその中の良い人材の評価を低くしていると人はいなくなってしまう。

これもわかっているはず。

自然に出る笑顔、自然に出る言葉、自然に出る行動。

マニュアルなんて本当はいらない。

さぶ散歩

ブログをやる理由

文章をを書く理由

ただ書きたい

特に何かに詳しいわけじゃないから、特定の人に向けて役立つことも書けない。

自分の収入に繋がるようなことも書き続けるのは嫌だ。

「ワードプレスでブログ」と検索すると、稼ぐとか収益アップとかSEOとかとかとか…

こりゃ自分には向いてないなと。

だからただ書く。

なんでもない生活の話。田舎に移住、タイニーハウス、トレーラーハウス、犬、仕事、旅、友達、思想、物欲…

自己満足で、バラバラ。

でも誰かが読んでくれたらいいなとゆう気持ちもあり。

その気持ちの中には『サブロック』をブランド化していく上でブログも役に立つのかなと。小さく小さくブランド化だけどね。

だからオイラを知ってもらうために書く。自分大好き。それでいい。

一度でも会ったことがある人には見てもらって、よりオイラを知ってもらえる。

それがプラスになるかマイナスになるかはわからないけどね。

言葉尻を捕らえて、ちょっとした事で炎上、いざこざ、全否定だもんね。

お節介にも、いいお節介と悪いお節介があると思う。人と人の距離だね。

ネットで便利な世の中になったけど、人は人で本質は昔も今も変わらないはず。

おおらかな人でありたい。

と、話が逸れたけど

会ったこと無い人に知ってもらうためには…

SEO対策????

検索エンジン???

わからな〜い!

それこそ検索すればお役立ち情報は山ほど出てくるけど、オイラ一つのことに集中執着できない性分だからなぁ…

つまり!面倒くさがりっつうこと。

なのでこのブログ、WordPressも執着せずにゆっくりゆっくり。

sabrockwoodworkの作品見てもれたらいいな〜と、作ってる人はこんな人だよ〜とを少しでも知ってもらえたらいいんです。

ウッドワークのオーダー品も完成してないのもあるし、自分が作りたいモノもあるし、とにかく手を動かさなきゃいけない。

ホントはパソコンの前に座ってる時間なんてないんだ〜!

あ!

文章を書く、書きたくなった理由がある。

パートナーからの言葉『サブローさんは将来、本を出すと思う』って。

と、他人と会話をする機会が減ったってのもあるな。

前は考え準備しなくてもポンポン言葉が出てたのに、今は言葉を頭の中で探す間がある。

調子が出ればババババ〜っと喋れるけどね。

あれか、ただ単に老化か!

まあ老化でも何でもいいけどね、頭も体も使い続けることだな。

受け入れて逆らわないで生きていく。

だって…だもの。

日曜日よりの使者

日曜の空気はゆっくりしてて好きだ。

連休の夕方はもっと好き。

ゴールデンウィーク中の下町の空気なんてもう、時間が止まってるんじゃないかと思うくらい。

でもね…カレンダーの休みは関係ないオイラ

観光、レジャー、サービス業に関わる人は忙しい土曜日曜、GW、お盆、年末年始…

オイラもそんな業界の中にいるけれど、空気を感じるのは大切。

自分が相手をする人、物、事を知る。相手の空気を感じる。

空気を感じて動く。「空気を読む」って言葉があるけど、それはなんか小さい姑息なことをするように思えて嫌だ。

だから感じることができる人と一緒にいるのはいい。読む人といるのは疲れる。

読む人も疲れるだろうね。

仕事も同じ、他者との関わりがある中では感じて動ける人はどこでも重宝がられる。

雇われ者同士フラットなはずだけど、やってることも同じなはずだけど違いが出る。

単純労働でもそう、見える人は見える。

必ずしも見えるわけじゃない、「見てる人は見てる」じゃなく「見える人は見える」んです。

方法も結果も同じ単純労働で何が違うのか?

取り組み方かな。

物を大切にする、人を大切にする、時間を大切にする。

雇われの単純労働の楽さ、言われた事だけやればいい簡単さ、その中でも人には違いがある。

とりあえず現金収入のために雇われ仕事 単純労働に身をおく事もよし。

全く頭を使わないなんてことはあり得ないから

自分の目の前のことを良くしよう簡単にわかりやすくしようと取り組む。

それはいつでも同じだ。

じゃあ雇われ仕事と自分の仕事で何が違うのか…

雇い主のために働くのではない、その仕事組織のために働くのではない。

自分のためお金のために働くのに、何故か会社のために働くこと他人のために働くことがいいことだとされている。

そんなの嘘だろ。

聖人じゃないんだから。

つまり、自分の仕事をする楽しさを奪われ飼いならされてる人が多いってことが言いたい。

自分の生活を作る楽しさを知らないまま育ち、うすうす感じてわかってるような人もまた実は飼いならされている。

行動している人への憧れの気持ちもまた上手く消費社会の中に取り込まれ…

「意識が高い」なんて言葉もあるくらい。そんな言葉いらない。

いろんな空気を感じて、その時その時その場その場で動ける。

それがたまたま他人のためになったり、会社のため地域のためになったりするくらいでいい。

本当に他人のために働ける?

 

たとえばこの街が 僕を欲しがっても

今すぐ出かけよう 日曜日よりの使者

 

 

 

 

 

遠方からのゲスト

富山から、静岡から、奈良から…

のんびりとウッドワーク

泊まって、BBQして、昼寝して、散歩して…

イメージして

木の塊から自分だけの逸品制作。

木のスプーン

木のカップ

木のお皿

木のピアス

木の指輪

木の名札…

さて、なに作ろうか…